2008年03月21日

まほうつかい<4>

「シルフィーア。」

100%間が悪い、と言われるであろうタイミングで聞こえたのは
確かに怒気を含んだ声だった。

「倉庫は共有なんだからあんな風に使われると迷惑だといっ………」

てるじゃないか…と。
状況が目に入ったらしく、まずかったかと気づいた途端
声から急激に毒気が抜かれ、最後には「すいませんでなおします」とまで続いた。
フローリアも、そこまでは正しく状況を理解していた。
ただ次からは頭の中が真っ白になってしまっていて、
実はよく覚えていない。

シルフィーアの慌てたような声が聞こえて。
続けてエスペラントの引っくり返ったような声がして。
気がついたらフローリアは恥ずかしくなるくらいに大泣きしていたのだ。

「ど…………どうなってる?これ…」

ぎこちなくそう言ったのはエスペラントで。
彼は両手を肩の高さまで上げた状態で静止している。
「武器を捨てて両手を挙げろ」な状態である。
そんな彼の腰の辺りにはぴーぴー泣きながらくっついている
フローリアがいる。

「なんていうか、おめでとう!」

客観的な立場から見ると、顔を上げたフローリアは
渾身の力を込めたタックルかいう様な勢いで飛び出して
エスペラントに抱きついてしまっているのである。
腰にしっかり回されている腕は放そうとする気配がない。

「頼むから茶化さないでくれ。」
「ぷふっ…」

こんなことで縋るような表情をされると噴出さずにはいられない。

「えーっと、どうなってるかって?
 刑事モノと恋愛モノがカオスに混ざってる状態かなぁ。」
「シルフィーア…。」

一瞬何か言いたげに目を眇めたエスペラントだったが
残念ながらそれどころではない。

「その、俺は、ど、どうしたらいい?」
「知らないよそんなのー。」

でも泣いちゃったからよしよししてあげてよねーと言われて、
はぁ…と気の抜けた声を出しているあたり、そろそろ許容範囲を超えているようだ。
否。抱きつかれた段階でオーバーフローだった可能性は高い。

腹を括ったのか理由は不明だが自分の腰にくっついたまま
泣き続けているフローリアに接触を試みているエスペラントを見守りつつ
シルフィーアは、ほっとひとつ息をついていた。
エスペラントには悪いが正直助かったかもしれない。
きっと彼の痛みを思っての涙だろうから、
それを思うと彼に出てきてもらうのが一番助かる。
そこでむむ、と考える。
もしかしてお膳立てした形になった?
ということはつまりとても良いことをしたんじゃ…?
あ、そうかも…なんて勝手に考え、うふふふふ、なんて笑ってしまい
慌てて口を押さえた。
こんなことをやるといつもすかさず「何がおかしい」と突っ込んでくるのだけど。
…幸い、その人は現在お取り込み中である。
よかった、気づいてない。
暫く見学していよう。
そう決めたシルフィーアは大人しくその場に、お行儀よく正座で座った。



どどどど、ど、どうしよう。
ようやく意識が正常な状態に戻ってきたフローリアは
改めて自分が何をしてしまったのかを自覚し
激しく動揺してしまっていた。
それでも一度堰を切ってあふれ出してしまった涙はなかなか止まらないし
呼吸も安定してくれない。
抱きついたりしちゃってどうしよう、離れなきゃ…
そう思うけれど、そうなったら一体どんな顔をすればいいのか分からない。
…というわけで離せない。けど恥ずかしいの悪循環だ。

「落ち着いて。」

軽く背を叩いて、時々そう呼びかけてくる彼の低い声が耳に心地よくて
一頻り泣いたら急激に心が落ち着いてくるのが分かった。
なんでこんなに泣いていたんだっけ。

「わ…た、し…」
「ん…?」

いざ声を出してみたら思ったよりも呼吸が乱れていて、ちゃんと喋れない。
でも、そうだ…今、今言ってしまおう。

「わ、たし………く……で、す…。」

泣きすぎて掠れてしまった声がちゃんと言葉を紡いでくれない。
ああ、もう…。

「ごめん、もう一回…。」

申し訳なさそうにそう言ったエスペラントにひとつ頷いて。
いつまでもしっかり腰を捕まえていた手を外すと、くるくると目を擦る。
こほ、とひとつ咳をして調子を整えて。
よし言おう。今度こそ。
綺麗に顔を拭ってから決心して、がばっと顔を上げた。

「わたし…!」
「〜〜〜〜っ!?」

直前までのフローリアの声があまりにも小さかった所為だろう。
次は聞き取ろうと顔を寄せていたエスペラントと
至近距離で顔を合わせる格好になって。
思いがけない勢いと距離感に、慌てて離れようとしたエスペラントの両腕を
咄嗟に掴んでいた。

「わたし、こわくないです!」
「は…はい…っ!?」

なにがですか、と言葉遣いにまで異常が出てしまっている彼は
間違いなくパニック状態だ。
だがフローリアは気にすることなく続ける。
目を逸らさず、じっと彼の目を見つめて言い切った。

「わたし…エスペラントさんのこと、こわくないです。」

何も知らない人がここだけ聞いたらまるで意味不明なやりとりだけれど
彼にはその言葉の意味が、確かに伝わった。
真っ直ぐに見つめていた瞳の中が、ぐらりと揺れたような
そんな気がして、フローリアはパチパチと瞬いた。
目の前の人は、何だか泣きそうな表情で、ちょっと視線をそらしていて。
でも、何か意を決したように息を吸い込んだから、
何だろうと思って耳を澄ました瞬間、全く違う方向から…

「いたいた、シルフィーちゃん!帽子だけど…って…
 いやぁああああああっ!!」

飄々と現れたのは掃討作戦に出たはずのジネットで…
その彼女があげた耳を劈く悲鳴と共に、
フローリアはぐいっとジネットに引き寄せられて
エスペラントは今度こそ正真正銘、渾身の当身を食らうはめになった。

「うあっ…」

体勢的にバランスが悪かったのもある。
そして、場所に関しては非常に悪かった。

「あ。」
「きゃぁ!」
「ちょ…っ。」

ザバン!と、いっそ潔いとすら感じるくらいの高い水音を立てて
エスペラントが水路に落ちた。
が、立て続けに事故的なことに巻き込まれ続けている所為か
もはや即対応する気力もないらしく、水路の中で項垂れている。

「あ、あの…だいじょうぶですか…?」
「ちょ、ちょっと。」

一番最初に我に返って、手を貸そうと動きかけたのはフローリアだったが
ジネットがそれを押し止める。

「じ……自業自得だわよ!」

水路に突き落とす気まではなかったのか、ちょっと顔は引き攣っているが、
びしりとエスペラントを指差してそう言い切るジネット。

「全く心当たりがないが。」

水路にはまったままのエスペラントも、さすがにそこには反論する。

「あら。」

もとから鋭いキャッツアイが、すいっと細くなることでより鋭さを増す。
ツカツカと歩み寄り、両手を腰に当てると
水路にいるエスペラントを見下ろして言い放った。
後ろからフローリアが慌てたように
「ジネットさんジネットさん」と呼びかけているが
彼女の耳には届いていないようで。

「じゃぁどう説明するのよ、フローリアちゃんはいっぱい泣いたみたいだし、
 不必要な接近具合だったしねぇどう説明するのよ?!」
「ほ…本当に何も知らないし、何もしてない!
 俺に聞かれても……シルフィーア!」
「ぷはっ。」

必死で笑いを堪えていたシルフィーアだったが、
助け舟を求めて視線を巡らせてきたエスペラントに見咎められて
ついに噴出してしまった。

「ご、ごめ…だって、おっかし…あは、あはははっ!」
「笑い事じゃない!何とか言ってくれ。」

パシパシ地面を叩きながら爆笑しているシルフィーアを
改めて見たジネットが目を丸くする。

「あら。そういえばどうしてそんなところに正座してるの?」
「そうそう、それね、それそれ!」

シルフィーアは何らかの説明をしかけたものの、
途中でどうしようもなく笑いが込み上げてくるらしく
まともに喋れなくなって、また笑い始めてしまった。

「…どういうこと?」

何やら誤解があるらしいということが分かってきたジネットも
ようやく落ち着いてきたようで、改めてエスペラントに問いかける。

「あ、あのあの、わたし…わたしなんです。」
「えっ?」

やっとのことでジネットとフローリアの間で回線が繋がったのを確認し
エスペラントもようやく安堵のため息をついた。

「その、吃驚させちゃってごめんなさい。
 な、泣いてたのは、その…シルフィさんのお話しきいてて
 私が勝手に泣いちゃって。
 えと、エスペラントさんにも、私が一方的に抱きついてたんです。」
「ちょ…え、えぇええ、今抱きついてたって言った?!」
「あ…えと。今は違いましたね、はい。つかまえてただけです。」

でもさっきは抱きついてました、はい。
と、とても正直に事実を述べるフローリア。
その証言が耳に入ることで先程までのことが思い起こされるのか
エスペラントは、うわぁ、とでも言いそうな様子で頭を抱えている。
いい加減水路からは出た方がいいはずであるが
まだそこまで頭が回っていないらしい。

「まさかのフローリアちゃん攻めだったのね…」
「せっせめってなんですか?!」

聞きなれない表現にフローリアが目を白黒させたところで
ようやく笑いをおさめたシルフィーアが会話に復帰した。

「ジネットったら、さっきの状況ちゃんと見てなきゃだめだよ!
 エスペさん思いっきり逃げ腰だったんだからっ。」
「あら、そうだったの?思い込みっていうかちゃんと見てなかったわ。」
「そっ……それは…っ、余計なことを…。」

思い当たることに関しての反論はできないらしく
言葉を詰まらせるエスペラントに、シルフィーアがふふん、と得意げに笑った。

「だぁって、この組み合わせじゃぁ、
 どう見たってこっちが襲おうとしてるように見えるじゃない。
 これ獣っぽいもん。」

まぁそれは髪型のせいか〜などと言いながらこれこれ、と
水路に落ちているエスペラントを指差しつつ肩を竦めるジネット。

「だっ…誰がケダモノだって!?人聞きが悪いにもほどがあるぞ。」
「大丈夫大丈夫、エスペさんの場合は獣と書いて紳士と読ませる感じだから。」
「それは紛らわしいだろう…。」

フォローなのか何なのか分からないシルフィーアの言葉に
そろそろ本格的に疲労に苛まれて来たエスペラントが
脱力した声を出した。

「あ。」

何かを思い出したようにジネットが声をあげた。

「それじゃ、あたしはまるっきり罪のない人に制裁加えちゃったのね。」
「今更気づいたのか。」
「いやぁん、おこんないで〜。」
「気持ち悪い。」
「ちょっ、なによ。」

心底嫌そうにため息をついたエスペラントに
ジネットがちょっとムキになる。

「ここはあたしの愛のキッスに免じて許すっていうのは…」
「嫌だやめろ絶対いらないふっ飛ばすぞ消し飛ばすぞ焼き尽くすぞ」
「ちょっ!!何よその物騒な早口言葉はっ!」

せめて最後まで言わせてよね、と口を尖らせるジネットは
まったく相手にせず、エスペラントは
「無駄な体力を使ってしまった」などと呟いている。

「そういえばジネット、作戦はどうしたの?」
「あぁ〜あれねぇ。」

シルフィーアの問いかけに早くも気を取り直したのか、
のんびりとした声をあげつつこめかみの辺りに手をもっていくジネット。
女性にしては珍しく気持ちの切り替えが相当早いタイプらしい。

「人手があんまりにも少ないからって延期になったのよ。
 あたしは2人でも3人でも行ってあげるのに。」

つまらないわ、と本当に心からつまらなさそうに言うジネット。
そこでぽんと手を叩く。

「そうよ、あたしったら何回忘れるつもりなのかしら。
 帽子よ帽子。」
「ああ、言ってたよね、ずっと。」
「この間うちに新しくアーチャの子が入ってきたのよ。
 シルフィーちゃん昔使ってた帽子とか残ってない?」
「う〜ん、見てみる。」

シルフィーアは正座の姿勢からぴょこりんと立ち上がる。
そうそう、とジネットが振り返った。

「フローリアちゃん、それ後よろしくね。」
「えっ!?」

何ですか、と聞き返すフローリアに
またまたぁ、と返しつつジネットはぴらぴらと手を振って背を向けてしまった。

「適当に木にぶら下げとくだけでいいよ〜。」
「ええっ。」

シルフィーアも、じゃぁね〜と手を振って
ぴょこんぴょこんと跳ねながらジネットについていってしまった。
二人が去っていった方向と残されているエスペラントを交互に見て

「えと…“それ”って…。」
「もしかしなくても、俺、かな。」

ちょこん、と水路の傍にしゃがんでいるフローリアと
水路の中に座り込んでしまっているエスペラントは
丁度視線が揃っていて。
目が合うと、何となく二人で苦笑してしまった。

「あの。出ないんですか?」
「あー…もういっそ暫くここで頭冷やそうかと…。」
「そ、そうなんですか…でも…」

冷えるのここからですよ?と自分の腰の辺りを手でさするフローリア。
確かに水嵩的に腰下くらいから冷えそうではある。
とても真面目な顔でそう言ったフローリアがおかしかったのか
エスペラントは小さく笑うと「そうだな」と言いながら徐に立ち上がった。
案の定、下半身の装備品はしっかり水を含んで
色も変わっていればじっとりと重量も増していそうな様子だ。

「あ、あの…なんだか、ごめんなさい…色々。」
「ん…?」
「迷惑かけてしまったみたいで…」
「いや…落ちたのはジネットのせいだしな。」

気にしなくていい、と言いながら絞られた衣服からは
大量の水が音を立てて搾り出されてきて、芝生の上に撒かれた。

「あと、何か…その。」
「何か?」

淡い微苦笑を向けられて、急に恥ずかしくなったフローリアは
両手を頬に押し当てた。

「あ、あと…勢いで、抱きついちゃったりして。」
「あぁ。びっくりした。」
「ごっ…ごめんなさ…。」
「いや。本当にびっくりしただけだから。」

役得だと解釈していればいいか、と言って笑ってくれたので
ちょっとだけ安心したフローリアだった。

「フローリア。」
「はいっ!!」

呼びかけられると思っていなかったので思わず張り切った返事になってしまった。
元気の良すぎる返事に、少し不思議そうな顔をしていたエスペラントだったが
ふと目元を和らげると

「ありがとう。」

その一言だけを言った。

「えっ。」
「なんでもない。」
「えっ、な、なんですか?」
「だから、なんでもない。」

涼しい顔でなんでもないを繰り返すエスペラントに
むーっと頬を膨らませた。
適当に衣服の脱水を済ませたエスペラントが
ちらっと視線を送ってきて…その瞬間、ぶっと噴出した。

「そ…そんな面白い顔をしても駄目だ。」
「おっおもしろくないです!」
「鏡の前でやってみるといい。」

珍しく声をあげて笑っている彼の様子に、
そんなに変な顔になっていただろうかと心配になって
思わず両手を顔の形を整えるように添えてしまった。

「とりあえず後は干しておけばいいだろう。」

着替えてくる、と言うのでフローリアは慌ててたずねた。

「エスペラントさん。どの木がいいですか?」
「………は?」
「シルフィさんが、適当に木にぶらさげればいいと言ってました。」
「…あぁ…。」

頭が痛い、というようにエスペラントは額に手を当てた。

「あれは…そういう意味じゃなくって。」
「えっ!じゃぁエスペラントさんごとですか!?」
「…本気じゃないよな。」
「わたし、がんばります!」
「ま、待て、頑張らなくていいから、ちょっと待て!」
「えっ…は、はい…。」

なんだこれ。
どこから説明すればいい?
いや、別に説明とかしなくていいのか?
それより先に着替えたいな、と。
すっかり回転の悪くなっている頭のせいで
収集のつかない思考に陥りかけているエスペラントは
待てと言ったきり反応がなくなってしまったので
フローリアも動けなくなってしまった。


「ね、ねぇちょっと…あれ何やってるのかしら。」
「知らないよ〜一緒に戻ってきたんだから分かるわけないじゃない。」

こっそり戻ってきていたジネットとシルフィーアも
木陰から様子を覗いてやろうと思ったのだけど
二人して全く動きがないものだから、
ひそひそと何をしているのか予想大会が始まりそうな状態だ。


つまり、なんというか。
全員引っ込みがつかなくなってしまったようである。






おわり。








どうでもいい部分張り切って書くぜーと思ったら
参加者全員景気よく飛ばしてくれるので
止まらなくなりそうで焦りました。
正直筆者も引っ込みつかなくなるところでした。
最終局面で出てくる割にはエスペラントが凄い目に遭ってますね。
べ、別にエスペラントをいじめたいわけではないんですが!
しかしずっと水路の近くにいたのは、最終的には誰かが
エスペラントを水路に突き落とす流れにしようと思っていたからです。
すいません、確信犯で(笑
でも、ですね。
当初予定していたよりもシリアス調にはなっていますが
もともと「どうでもいいだろ、それ!」を基本としたかったのでw
こういうところは大事にしたいと思っています!
たとえその所為で無駄に長くなろうともっ。

…お疲れさまでした。
最近こちらにたくさん拍手来てて嬉しいです。
ありがとうございます♪
posted by 翼翠 at 23:00| Comment(0) | まほうつかい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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